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 第486号・目次
【 書 評 】 岡本弘昭『幕末史』(半藤一利著 新潮文庫)
【私の一言】 福山忠彦『アドラーの心理学に学ぶ

           :今を生き抜く「共同体感覚」』



【書 評】   ┌─────────────────────────┐
◇              『 幕末史 』
◇        
(半藤一利著 新潮文庫)              
───────────────────────────                                               岡本 弘昭


 著者は、子供の頃から学校教育は別として、朝敵である長岡藩に在住していた祖母から、次のような話を聞かされて育ったという。

「明治新政府だの勲一等や二等の高位高官だのと威張っておるやつが東京サにはいっぺいおるがの、あの薩長なんて連中は、そもそも泥棒そのものなんだて。7万4千石の長岡藩に無理やり喧嘩をしかけおって5万石を奪い取ってしもうた。なにが官軍だ。
連中のいう尊皇だなんて泥棒の屁みたいな理屈さね。」
 

 一方、薩長史観は、1868年の革命も誰もが立派そうに明治維新と言っている。しかし、実態は司馬遼太郎の指摘のように「幕末のギリギリの段階で薩長というのはほとんど暴力であった。」
しかも、その暴力を自分の戦略の都合で正義と不正義とを区分けしたにすぎない。つまり暴力革命に「詩経」にある立派な維新という言葉を付けたのが薩長史観ということになる。

 本書は、多くの関連資料も踏まえ1853年のペリー来航から、1878年の大久保利通の暗殺までの25年間の歴史を著者流に振り返ったものである。著者によるとこの背景には、戊辰戦争で賊軍となった東軍の諸藩が弓を引いた相手はあくまでも薩長土肥であり、天皇に対してではない。しかし、現実には東軍の戦死者は今もって逆賊扱いである。それは暴力革命の結果、権力を得て作られた薩長史観に根ざすものであり、あまりにも不平等であるとの認識かある。これもあり、本書は反薩長史観として記されている。

 内容は、慶応丸の内シティキャンパス特別講座での講義をまとめて文書化したものであり、文体も馴染みやすく読んでいて堅苦しくなく面白い。
また、幕末の権力闘争とその実現のための暴力と謀略内容がよくわかり、歴史の多様性と維新後の教育から、教育の恐ろしさを教えてくれる。それは現代でも心しておくべき事であり、改めて読んでみる価値がある。

 この激動の時代のなかから著者が得たと思われる歴史の真髄を紹介する。
 歴史には意思があるという指摘
歴史の流れの中では、ある一つの意思が働いてこういうときにはこういう人がいいという適任者を用意する事がある。具体的には、薩長同盟成立時に様々な情勢から長州の代表は参謀総長的な高杉晋作でなく外交官的な桂小五郎が選ばれた背景などが記されているが、その背景にはこのとき高杉晋作が四国に旅行中であったという諸事情が歴史の意思であるという事である。

 また、歴史は人が作るという指摘がある
具体的には慶応4年1868年3月に勝海舟はイギリスのバークス公使に会い、一旦緩急有って戦いとなったときは、徳川慶喜公をロンドンに亡命させる。その際イギリスの軍艦にお願いするとした会談があったが、このとき勝海舟がバークス公使から得た信頼は、薩摩に近かったイギリスがその後中立姿勢を保持することになり、円滑な江戸城明け渡しにもつながるなど維新に影響を与えたとみている。

 また、日本人の性格に対する警告もある
一つは日本人の「熱狂しやすい」性格である。
幕末時代攘夷が叫ばれたが、攘夷がきちんとした理論でもって唱えられたことはほとんどなく、ただ熱狂的な空気、情熱が先走りしていただけである。つまり、時代の空気が先導し、熱狂が人を人殺しへと走らせ、結果的にテロにより次の時代が強引に作られたということである。
昭和の時代に戦争への道を走り出したのも熱狂が先に進み使命が後から追掛けたということであり、戦争から学ぶべき一番大事なのは熱狂的になってはいけないということである。
二つは、日本人は往々にして確かな情報が入ってきていても、起きたら困ることは起きないことにしよう、あるいは起きないに違いないと思い込みがちな傾向がある。具体的には日本政府はペリー来航の可能性について実際の来航の3年前にオランダからその情報を得ていたが、その間対応を考える事なく現実に起こったときには国中が大狼狽したという事実がある。また、1945年8月のソ連による満州侵攻は、日ソ中立条約の1年後の破棄はその年の春ぐらいから解っていたことであり、またその頃からのソ連軍の国境集結も解っていた。ただ、起こったら困ることは起きないのだ、起きないのではないかという判断が先行して、実際に起こったとき大騒ぎしたという事実もある。などなどである。

本書には、こういった歴史から学ぶべき諸点も多々記載されており、その点からも面白いといえる。
   

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

『アドラーの心理学に学ぶ:今を生き抜く「共同体感覚」』
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                     福山 忠彦
 

およそ100年前に欧州で活躍した3人の心理学者がいました。
・オーストリアのジークムント・フロイド

 (1856年-1939年)
・同じくオーストリアのアルフレッド・アドラ―

(1870年―1937年)
・そしてスイスのカール・グスタフ・ユング

(1875年―1961年)


三人は共同研究する師弟の間柄で「人の心の病」に取り組む学者であると同時に患者を直接診る臨床医でした。最年長のフロイドは精神分析に特化して、無意識を重視した「夢判断」や「幼児期の性体験」を治療に用いました。アドラーは第一次世界大戦に軍医として多数の神経症患者を観察し「共同体感覚」を心理療法の基盤としました。
ユングは人の心は過去の全人類の心と結びあっているので「自分を知れば他人も知ることが出来て人間関係・人間社会は素晴らしい共同体になる」と訴えました。このユング心理学は京大教授であり文化庁長官も務めた河合隼雄(1928年―2007年)によって広められ、日本人として初めてユング研究所でユング派分析家の資格を取得しました。同時期の三者が互いに知り合いながらも異なる見解を持っていました。
このうち私が最もしっくりくるのはアドラーの心理学です。人は過去の「原因」によって突き動かされるではなく、今の「目的」に沿って生きている、過去のトラウマ(心的外傷)を否定し人生(生き方)はいつでも選択可能であり、人は変われないのではなく、変わらない、変わりたくないということを選択しているに過ぎない、変わること(幸せになること)に伴う「勇気」が足りないのである。と主張しました。そのため「勇気の心理学」とも呼ばれ現在の自己啓発の源流と言える考え方です。また、軍医として数多くの神経症の患者の治療経験から「心と心の繋がり」こそ最も大切と訴えました。彼の考えを要約すると次のように言えます。

・人の行動には目的がある。私たちは「目的」に沿って生き

 ている。
・自分の課題と相手の課題を分けて考える。ほかの人の課題

 はほかの人に任せよう。
 対人関係の悩みに直面したらそれは誰の課題か考えてみる

 ことです。
・劣等感はあなたを成長させるための刺激です。劣等感は、

 本当はいいものです。大切なのは自分の不完全さを認める 

 勇気を持ち行動していくことです。
・みんな仲間、私はここにいていいという共同体感覚が大切

 です。仲間に関心を持ち、幸せになるため「横の関係」を

 築く事です。自分がほかの人に役立つことで感謝されて、

 ほかの人を仲間だと思えるようになると自分の居場所があ

 ると感じられるようになります。
・「今、ここに生きる」を大切に。
 自分はここにいてもいいのだという感覚を持てるための三

 つの重要なことは、先ずは出来る自分も、出来ない自分も

 丸ごと受け入れる「自己受容」です。二つ目は他者を信じ

 るに当たって一切の条件事を付けない「他者信頼」です。

 信頼をすることを恐れていたら、結局は誰とも深い関係を

 築くことが出来ません。裏切られるのは怖いかもしれませ

 んが、裏切るかどうかはあくまでもほかの人の課題です。  三つめは、私たちは誰かの役に立っている、皆に必要とされていると思えた時に自分の価値を実感出来る「他者貢献」です。この時、人は幸せを感じます。人のために行動することが価値のあることだと実感して欲しい。アドラーはそういう願いがこもった心理学者でした。

 アドラーの心理学は京都大学で西洋哲学史を専攻し、日本アドラー学会の顧問と認定カウンセラー資格を持つ岸見一郎(1956年生まれ)さんが2013年に「嫌われる勇気」を出して急速に広まりました。今では300万冊を越える大ベストセラーです。過去のトラウマ(心的外傷)という言い訳を許さないアドラーの考え方は、一見厳しく思えますが、自分の心持ち次第で人生はいくらでも変えられるという特徴を持っています。
この本は哲人と青年の対話を通してアドラーの思想紹介をしたもので、岸見さん自身が幸せになりたい一心から書いたといわれています。

 数ある心理学学者の中でアドラーの教えが私には最も納得出来るものでした。自分自身が好きであること、よい人間関係を持っていること、人や社会に貢献していること、これがアドラーのいう所の「共同体感覚」であり、これを実感出来るための次のような心構えを提唱しています。
・自分自身の問題を解決するために、自分自身が変わる勇気  

 を持つこと。
・他人の課題と自分の課題を分離し、自分の課題に集中する

 こと。
・自分が本当に歩みたい人生を、主体的に積極的に生きてい

 くこと。
アドラーは人の悩みは人間関係によると考え「共同体感覚」を重視した心理学者でした。

 幸福な人生を誰もが願っています。科学技術の発展によりそれを達成したかに思えましたが、最近では対極にある心の問題がクローズアップされる様になりました。共同体感覚の重要性を訴え人間関係こそが「幸福な人生」の鍵であると提唱したアドラーの考えは、姿や形を変えて今から何度も現れてくるでしょう。高齢化、少子化によりこの「幸福な人生」論議は活発になって来そうです。私はこの問題にもう少し深く突っ込んでみたいと考えています。


 編集後記
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 我が国の要介護(要支援)認定者数は、2035年までは増加し2040年に988万人となるという推計があります。これは様々な問題を生じますが最大は多くの介護難民の発生ということでしょうか。
 厚労省が作成した「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」の概要は次の通りで、これを参考に自助努力による健康維持により将来に備えたいものです。                                                

「成人では、家事などを含めた身体活動を1日60分以上、ウォーキングに換算すると1日約8000歩以上を推奨する。このうち筋トレなど「息が弾み汗をかく程度」の運動を週60分以上行う。
 高齢者の場合、身体活動は1日40分以上で、ウォーキングで1日約6000歩以上に相当。
達成できなくても、今より10分でも多く体を動かすことを心がける。体力が十分にあれば、成人と同等レベルで行うことを目標にする。筋トレは、腕立て伏せやスクワットでもいい。
筋肉は年齢に関係なく鍛えられ、糖尿病などの発症リスクが低くなるほか、高齢者では筋力や骨密度が改善し転倒や骨折のリスクが低減するとされる。座りっぱなしの弊害についても指摘。時間が長くなるほど、死亡リスクが高まるとの研究結果を踏まえ、30分ごとに体を動かすことが望ましい。」

今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)
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 第486号・予告
【 書 評 】 三谷 徹『ジェンダー格差』( 牧野百恵著 中公新書)
【私の一言】 吉田竜一『教育の効果は時間がいる』
               
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