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                      2024年1月1日                             VOL.481
                                                                                                                                  

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第481号・目次
【 書 評 】 三谷 徹 『日本人の勝算 』
          (デービッド・アトキンソン著 東洋経済新報社)
【私の一言】 福山忠彦 『温故知新の旅 20年ぶりの台湾 』



【書 評】
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◇         『日本人の勝算』
◇  
(デービッド・アトキンソン著 東洋経済新報社)
└─────────────────────────┘
                       三谷 徹


 著者は1965年生まれのイギリス人、30年以上の滞日経験を有する。ゴールドマン・サックスのアナリストなどを経て現在京都で文化財修復を行う会社を経営している。
氏は生産性向上がどこの国、社会、企業においても成長の原動力であるとの論を他の著書においても展開している。

 2019年刊行の本書では、人口減少、急速な高齢化という日本の現状から諸外国以上に生産性向上が喫緊の課題であること、またその実現には金融政策だけでは足りず、最低賃金の引き上げが必須であると説く。GDP=労働生産性×生産年齢人口であるので日本のように人口がすでに減少しており、増加に転じそうにない国では、GDPを増やすには労働生産性を人口減少のスピード以上に増やさなければならないことは自明である。問題はこれをどのような手段で解決していくかにある。そのためには、まず日本の現状を正確に把握することだ。

 GDPの推移(1990~2015年)を見ると、日本は年率平均0.9%で、人口要因0.1%、生産性要因0.8%となっている。しかし、世界平均は年率2.7%(要因は各々1.3%、
1.4%)であり、先進国でもイタリア以外はほぼ2~3%である。日本は人口、生産性双方において劣位にある。人口を見ると2015年に127百万人、65才以上の比率が27%だが、これが2030年には117百万人、32%と予想される。一方、労働生産性は世界で29位(2016年)、G7では最下位である。反面、人材の質の国際比較では日本は世界4位でG7の最上位にある。

 人材の質が高いのに生産性が低く、GDPの伸びも低い。一人当たりGDP(購買力平価換算2017年)も42千$で30位と低迷している。著者はこのようなアンバランスでかつ心配な状況を作ったのは、労働力が豊富な時代の成功体験が政府の政策にも企業経営の在り方にも大きく残っていること、社会構造、産業構造が全く日本と異なる米国に成長シナリオの手本を求めたことにあるとする。

 これを打破する最優先の方策を著者は最低賃金の早急な引き上げに求める。欧米の多くの諸国が日本よりはるかに高い最低賃金を設定しており、ドイツのようにその制度がない国でも政労使が交渉して賃金引き上げを実現しているので同じ効果を得ている。
因みに日本の最低賃金(2017年)は6.5$でフランス、ドイツの11$、米国の8.5$と比較すると極端に低く、先述の人材の質と著しい不均衡を示している。

 最低賃金の引き上げを容易にするには、政府の施策もさることながら各産業とりわけサービス業において企業規模の拡大が不可欠だと述べている。賃金抑制の背景には不十分な設備投資、人材育成への投資不足などがあり、この解消には相応の企業規模が必須だからである。日本の中小企業比率は外国比でも高く、その改善が必要と著者は苦言を呈する。製造業の下請け、孫請けという構造の中で低賃金の中小企業が生き延びる慣行がそのまま残されている。大企業もその中で自らの労働コスト、外注コストの抑制だけで利益確保を行ってきた結果がこのような事態を招いた。大企業、中小企業双方の経営者の革新性のなさが今日の事態を招いたというのだ。

 少し視点は異なるが、このような経営姿勢や企業規模デメリットは輸出の不振にも影響を及ぼしている。日本のGDP比輸出比率(2017年)は16%で、米国12%を除くと先進国中最低である。イタリア、フランス、イギリスは30%程度、ドイツは46%、スイスは65%である。著者によれば輸出も生産性と高い相関があり、賃金を経由した生産性改革により改善できるはずだとする。観光立国の推進だけでなく、他の分野においても輸出拡大施策が必要とする。

 では中小企業における規模拡大をどのように進めるのか、著者は買収や統合、業種転換などをその手段と考えている。一時的に失業者が増えるにしても、いずれ旧人材を再教育して新産業の担い手にするのだから、公的な支援を手厚くすれば大きな社会問題にはならないと楽観的だ。その背景には日本はいずれ極端な労働力不足になるので労働のミスマッチは時間をかければ解消できるとしている。私もこの見解に総論賛成である。一方で多くの商店街の八百屋さんや魚屋さんが消えてしまうのは些か寂しい気もする。

 このようなプロセスで最低賃金の引き上げ、生産性の拡大、成長軌道の回復が実現できればややインフレ基調になるのでデフレ懸念は払拭できる。税収もふえるので財政問題も時間はかかるが、危機を脱するものとする。諸外国との比較を丹念に行い、人口減少下の日本に必要な対策を生産性の向上と最低賃金の引き上げに求める著者の見解には同意できる点が多い。経営が厳しい中小企業に補助金を支給して生きのびさせるだけでは、生産性の向上につながらないのは明らかだ。

 近年、我が国でも賃金引き上げは政労使で取り組みの本格化が始まっている。生産性向上についても多くの学者、評論家がその必要性を論じるようになってきた。しかし、その実現に必要な構造改革は戦後の体制を大きく変えることであり、政労使の決意と腕力を必要とする。現政権も最低賃金の引き上げには取り組んでいるが、岸田首相の「新しい資本主義」に中小企業の生産性向上、サービス業の構造改革などに有意な政策は見当たらない。著者の言う取り組みは、誰もがその必要性に気づいていながら、構造改革をすれば誰かが傷つくことは自明であり、とりわけ選挙の票を減らしたくない政治家は与野党を問わずそこを避けて通ろうとする。それでもあえて火中の栗を拾う覚悟の政治家、経営者が出てくるのであろうか。政治家、経営者だけでなく私たち国民全体の覚悟が問われているのかもしれない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

         『温故知新の旅 20年ぶりの台湾』
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                      福山 忠彦


 私は現役時代1998年から2003年の間で30回ほど台湾に行きました。台北と台中が主な訪問先で各々の滞在は2泊3日と短期間でした。爾来20年が経ちました。懐かしい思い出の地です。その後、2004年に当時世界一の高さ509メートルの超高層ビル「台北101」が、2007年には台北と高雄間345kmを最高速度300kmで結ぶ新幹線が開通しました。工業力の進展も目覚ましく鴻海精密工業は2016年に日本のシャープを買収し、TSMC (台湾半導体製造)社は日本の熊本市に半導体工場を来年末に稼働させます。

台北の町の変貌と今の人々の生活を訪ねてみました。

・台湾は1949年に成立し1971年まで国連の常任理事国を継続
 先史時代から原住民族が住んでいました。1624年にオランダ人が来島しその後はスペイン、明、清、日本を経て1945年に蒋介石総統(台湾では蒋中正と呼びます)が台湾を含む中国全土を掌握しますが、毛沢東との戦いに敗れ1949年に台湾に逃れ台湾を中華民国とします。これが現在の台湾の始まりです。中華民国は国際連合の設立メンバーであったため台湾に移っても国連の5か国の常任理事国の1つでした。
 しかし、1971年のアルバニア決議(国際連合決議2758)により中華民国は国際連合から追放され、中華人民共和国(共産党)がその議席を占めました。同年には米国ニクソン大統領が歴史的中国訪問をし、蒋介石は失意のうちに1975年に87歳の生涯を閉じます。1971年まで国連加盟国であり、しかも常任理事国でした。今は中華人民共和国がその座を占め「一つの中国」を訴えています。

・現在4か月の徴兵制度ですが2024年1月から1年間に延長
 蒋介石が台湾に移った1949年に中国共産党の軍事力に対抗するため徴兵制(2年間または3年間)を採用しましたが、予算削減のため徴兵期間を4か月間に短縮し志願兵を中心として現在に至っています。しかし、蔡総統は「自衛力を強化してこそ、国際社会からより多くの支持を勝ち取れる。台湾が十分に強ければ、戦場にはなりえず若者も戦地に行かなくて済む」と国民に理解を求め、2024年1月から1年間の徴兵制度が実施されます。

・核保有は証拠もなく進行中の計画もないとIAEA(国際原子力機関)は判断
 ウラン濃縮やプルトニウム生産の技術力は保有していると見られていますが、現在の原子力プラントはすべて輸入濃縮ウランを使用しています。2006年、IAEAは台湾を「すべての核燃料が原子力発電で平和用途に使用されている国」のリストに載せています。アメリカもまた台湾海峡の緊張を望まず一貫して台湾の核武装に対して反対の立場をとっています。

・デジタル担当大臣オードリー・タンはコロナのマスク不足を解決した世界的著名人
 蔡英文政権の現在42歳の「天才デジタル大臣」です。デジタル技術とシステムで政府の抱える問題を解決し、政府と民間のコミュニケーションの促進と強化を図るため、より多くのアイデアと力を結合させることを使命と考えています。中国共産党と台湾は地理的には近くても正反対の価値観を持つとし、中国共産党がITを民衆の監視及び制御に利用しているのに対し、ITは開かれた民主主義に使うものと述べています。彼の理念は「徹底的な透明性」で公開できるあらゆる情報をインターネットで開示し政府の官僚や大臣の行動把握や、何を考えているかを知り「人々が国家の主人」というビジョンを掲げています。2022年に初代の数位発展部の担当大
臣に選ばれ現在も職務を続けています。

・台湾の現在のランドマークは超高層ビル「台北101」
 20年前は台北の国際飛行場は「中正国際空港」と蒋介石の号である「中正」を冠した名称でしたが、2006年末より「台湾桃園国際空港」に名称変更しています。蛇足ながら2024年1月の総統選の候補者は初めてすべて台湾生まれで中国生まれはいません。故宮博物館、中正記念堂、円山大飯店が台北市内の著名な建物でしたが今は超高層ビル「台北101」がNo.1のランドマークです。宝塔や竹の節状のビルを8つ積み重ねた形状を持つ100階建てです。地震よりも風圧による振動を抑える構造のオフィスビルで、展望台からは市内が一望でき連日観光客で賑わっています。

・IT活用は民間レベルでは日本との大きな相違は見つからず
 銀行、レストラン、タクシー、土産物品店、ホテル、飛行場などでIT化を日本と比べてみました。さすがに20年前とは比べられないくらいIT化は進んでいますが、今の日本と同じレベルと感じました。タクシーはアメリカ並みにウーバーの機能を持つシステムがあるに違いないと思っていましたが、カード払いできるタクシーは少なく現金払いの方が多い有様でした。レストランはロボットが配膳を担当しよく働いていました。所持金額が少なかったので銀行に行きましたが両替処理は日本と一緒でした。一番感激したのは店員さんや道を聞いた方々の親切心でした。若者の英語のうまさと親切さに感謝の旅でした。20年前に比べると親日さが増していると感じました。

・交流を深め中国と大事に至らぬよう安心、安全、平和を目指しましょう
 2019年の日本から台湾の旅行客数は217万人、台湾から日本へは409万人でした。これは韓国からの訪日者数の半分ですが韓国は台湾の倍の人口であることを加味すると同レベルです。私たちは巨大な中国ばかりに目を向けますが親日国台湾へも関心を持ちましょう。そして協力して安心、安全、平和を目指しましょう。


編集後記
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明けましておめでとうございます。

本年も宜しくご指導・ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

 今年の干支・甲辰は「あまねく光に照らされ急速な成長と変化が起きる年」ということで縁起のいい年といわれております。
村上瑞祥氏(歴史学者・東洋古代思想史研究家)によると、「ありとあらゆるすべてに光が当てられ大きく変化する年ではあるが、一面、陰の部分にも光が当たるので人目につかず隠してきた部分にも光が当たり、秘事が白日の下にさらされることもあり、また、殻を破って変化や成長をするためには揺れ動きもある」年と指摘されています。

 今年はロシア、アメリカの大統領選挙をはじめ世界的に選挙がが多く、その結果次第では諸事に変化が起こりやすい年になりそうです。国際的にはなかなか難しい環境のように思われますが、あらゆる努力により我が国にとっても皆様にとっても、光に照らされ急速な成長と変化が期待できる縁起のいい年になることを祈念いたしたいと思います。

 今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)
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 第480号・予告
【 書 評 】 西川紀彦 『いま「憲法改正」をどう考えるか』
            (樋口 陽一著 岩波書店)
【私の一言】 加藤 聡 

           『高齢者にとっての生きがいとは

            -長期化する人生への対応 』
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    ■ 配信元:『評論の宝箱』発行人 岡本弘昭
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