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                       2023年12月1日
                        VOL.479

        評 論 の 宝 箱
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第479号・目次
【 書評 】片山恒雄『生命の意味論』(多田富雄著 新潮社)
【私の一言】庄子情宣『日本の将来とシルバーデモクラシー』

    
【書 評】
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◇          『生命の意味論』
◇          (多田富雄著 新潮社)
└───────────────────────┘
                    片山 恒雄

 著者は免疫学の世界的な権威であるが、一方において免疫をテーマにした能の戯曲を著作するなど洒脱な一面も持っている。最近のコロナの流行により、抗原、抗体および免疫などの言葉が、メディアにたびたび登場している。抗原は外から人体などに入り込んだバイ菌の一種である。抗体は抗原が体内に入り込んだ時、これを迎え撃つ蛋白質の一種である。我々が受けたワクチンの接種は抗体を体内に作り出すためのものである。
一方免疫とは生物の個体が「自己」と「非自己」とを識別して、自己を守るための機構の一種である。免疫の働きを担うのは、白血球やリンパ球など血液に含まれる一種の細胞である。

 二十世紀における科学の三大壮挙とは、量子力学と相対性原理およびDNAの二重螺旋構造の発見と言われている。特に最後に挙げたDNAという遺伝子の発見は、1953年に二人の若い科学者、ジェイムス・ワトソンとフランシス・クリックによるもので、三十億年前に地球上に誕生した生物の基本設計図であり、人間ばかりかミミズや大腸菌にも共通している。こうして分子生物学を根底から塗り替えてしまった。

 西欧文明、例えばキリスト教では、神によって保証された人類のみが、ほかの動物を支配する権利を与えられていると説く(創世記)。一方、東洋特に仏教では、「草木国土悉皆成仏」という言葉が示すように、生命のあるものはすべて平等であると説く。
仏教思想はDNAの発見を予見していたと考えられなくもない。

 人間の体内の三千億個以上の細胞が毎日死に、ほぼ同数の新しい細胞に置き換えられる。それなのに、「自己」はさほど変わることなく自己としてのアイデンティティを保ち続ける。いったい自己とは何なのか。受精卵が細胞分裂していくどの過程で、自己が生まれる(覚醒する)のであろうか。植物の枯葉は風に吹かれて散っていくのではない。「立ち枯れ壊死(えし)」するのである。植物の細胞も自ら死のプログラムを発動させて、積極的に落葉することが最近分かった。「壊死」はギリシャ語でアポトーシスという。アポは「下に、後ろに」、トーシスは「垂れる、落ちる」を意味する。ここから「死」の現象を研究する生物学がスタートする。「生」の生物学と比べてずいぶん遅い始まりである。アポトーシスは人間の性の決定にもかかわっている。
男性生殖器の輸精管の大もとになるウォルフ管は、男性ホルモンの影響で発達するのであるが、その時女性生殖器の輸卵管の大もとであるミューラー管がアポトーシスによって退縮していく過程が絶対に必要である。ミューラー管の細胞が死ぬという過程が起こらなければ、男性生殖器は完成しないし、人間はみな女性あるいは両性具有者になってしまう。
言葉は魔力を持っている。アポトーシスというギリシャ語が生物学者の知的好奇心を刺激し、遅まきながら死の生物学がスタートしたのである。

 人間は死んでもDNAは子々孫々受け継がれて存続して行く。こうして見ると生DNAを利用しているのではなく、DNAが生物という乗り物を利用して、三十億年にわたり、辛抱強く生命の進化を手伝ってきたという逆転の発想が真理に思えてくる。
中国の古い話に、蝶になった夢から覚めた人間が、「果たして自分は人間なのか、人間になった夢を見ている蝶なのか」を自問している話を思い出す。

 ソ連のウクライナ侵攻により、現在世界は二分されているが、そのわずか前には世界の生物学者が協力して、短い期間でゲノム(DNAの全体像)を解明したことを忘れてはならない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆

    『日本の将来とシルバーデモクラシー』
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                    庄子 情宣 
 我国の今後の人口の推移は、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、100年後2120年の総人口は5000万人を割り込んで4973万人になる。2020年の1億2614万人だった人口は100年後の2120年には100年前の4割相当にまで減ることになる。さらに問題は人口構成の高年齢化の比率が年々高くなり、2120年の人口の年齢別構成は、65歳以上が2010万人とおよそ4割を占め、一方0~14歳は445万人と1割以下、15~64歳の生産年齢人口は2517万人で2020年の7508万人からは5000万人ほど減少する。(中位推計 日経2023年6月5日)
つまり、我国の人口減少も少子高齢化も100年後も続いているということである。
                             
 ところで世界では、所得水準の高い国の人口は一般的に減少しつつある。この傾向は大国米国、ドイツも例外ではないが、両国は移民の受け入れによる人口対策、ITの取入れによる製造業の革新、IT・金融など成長分野への産業集積等による経済力の向上などで、早い時期から人口減対策、経済力対策を講じ、それなりの効を奏し国力を保持してきている。これに対し、我国では人口増対策として、出生率の向上等、様々な政策を行いつつあるが、移民については慎重な対応であり、また、製造業の転換、新産業への産業シフト等経済力の向上は遅れている。この結果、GDPは、現在の世界3位からドイツに、さらに近々にはインドにも抜かれ5位に落ちる可能性もある。
さらに一人当たりは世界で31位に落ち込む等、国力は急速に低下しつつある。現状のままでは100年後もこの傾向は改善されないと推測される。これではイーロン・マスク氏の「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなる」との指摘を待つまでもなく我国はいずれ消滅する。また、その間、国力はどんどん退化し国際的にも存在感がなくなる可能性が高い。従って、我国は国を挙げてこのような状況の改善に努力することが喫緊の課題である。

 米中央情報局(CIA)分析官だったレイ・クライン氏は1975年、国家が持つ力、すなわち国力とは、国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)で表されるとした。これに従えば、我国が至急対応すべきことは、100年後も人口減が続くという中でも国力が保てる戦略目的+国家意思=国家のビジョンの策定である。
つまり、人口減の中でも生産性を向上し経済力を維持することである。これには技術力の向上による生産性向上と新産業分野への産業転換と考えられる。しかし我国はかつて技術立国を目指しそれなりの効果を得てきたが現在は、技術劣化が指摘されている状況で、第4次産業革命の波にも乗遅れる可能性もある。

 資源のない我国は改めて技術立国を国家目標におき、100年後も人口減が続く事をふまえ、直ちに技術立国を目指すための諸策を講じる必要がある。具体的には人材育成であり教育改革である。また、知的水準の高い移民の受け入れも考えられる。
このためには、限られた予算のバラマキではなく重点分野への優先的投資をする体制整備が不可欠である。つまり現在の諸制度を徹底的に見直し、中でも現行の小選挙区選挙制度の見直し、高齢者を優遇する結果となっているシルバー民主主義の見直しによる恒久的実行予算の確保が急務である。これには、政治家を筆頭に国民、特に高齢者の我国の現状及び将来への認識が前提となる。


編集後記
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 最近の国際情勢について、「最大の問題は国際間の紛争の多発です。世界はロシアによるウクライナへの侵攻で分裂が鮮明になり、その後、国際社会は問題解決のための協調の精神を失ったように思われます。その結果、世界のいたるところで争いの種が芽を出し、そのまま戦いへと発展しています。そして火は、もしかしたら世界で最も危険な地域に広がってしまったのかもしれません。」という島田久仁彦氏の指摘があります。
 国際社会の協調による問題解決を祈るばかりの年末になりました。あらゆる紛争が早期に解決されることを願うのみです。

 今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)

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 第480号・予告
【 書 評 】  岡本弘昭
 『平等バカー原則平等に縛られる日本社会の異常を問う 』
            (池田清著著 扶桑社新書)
【私の一言】  幸前成隆『兼聴できるか 』
               
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    ■ 配信元:『評論の宝箱』発行人 岡本弘昭
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